尼子清定・経久墓所

付近住所 島根県安来市広瀬町広瀬1431 洞光寺


尼子清定・経久両公墓所
 この宝篋印塔は、もと洞光寺所在地であった金尾の地に設けられていた。
寛永年間、金尾より現位置鍛冶町西台地上に移寺した際、開山歴代住職の墓標と共に、開基尼子清定・経久両公父子の墓標も奉遷され、開山歴住墓と並んでまつられていた。
 降って、昭和33年(1958)、金尾洞光寺跡を仔細に調査し、かねて、欠けていた経久公墓標の上部にあるべき相輪部分を現地に発見しこれを持ち帰り、また更に、現地墓地残跡より石垣用の組石二百数個を運搬し、改修墓地の石垣を組み上げたのがこの塋域である。
 両公の墓所については、他説もあるが、寛永年間つまり、経久公没後83年後金尾の故地から、この地へ、寺基と共に塔を奉遷した当時の人々熱い信念を慕うものである。

右 洞光寺殿華山常金大居士(尼子清久公) 没年月日不詳
左 興国院殿月叟省心大居士(尼子経久公) 天文10年(1541)旧暦11月13日
                   僧名省心・84歳 富田城内にて没